ニート生活

健全なニート生活を手に入れるための3つのこと

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ニートの同志達よ、ごきげんよう(´・ω・`)

ニートじゃない皆さまもこんにちわ(`・ω・´)

自称ニート代表のジョン(@A_Man_of_Mask)です。

ニートの方々はおそらく、とても不健全な生活を強いられているかと思われます。

主に、

  • 自分に自信が持てないので、自分を貶める道化か、他人の揚げ足を取りたがる。
  • 何事も無気力で、積極性がなかったり継続性がない。
  • 他人とのコミュニケーションが難しく、ただのおしゃべりすらストレスである。
  • 周りの目線や評価が気になって仕方がなく、大衆の中にいることや競争が怖くなる。
  • その他多数(挙げだすとキリがないゾ)

 

これらの原因の多くは、

常識的にはニート=悪だという傾向にあるからです。

つまり、「自分達は卑しい人間なんだ…」という劣等感がニートの方々を貶めているのです。

しかしこのような意識を植え付けられたら、どんな大物だって大成できません。

このような劣等感から解放されなければ、

本当なら全然できることだってやる前からできないのだと思い込んでしまいます

 

 

今回はそんな間違った意識によって劣等感を植え付けられたニートの方々を解放させるべく、

ニートの方々が目指す生活態度を提示させていただきました(`・ω・´)

何の生産性もないネガティブな常識には囚われず、健全で楽しい生活を手に入れることで、ニートの方々から余計な負担を取り除けていければ、幸いかと思います。

それではニート生活に必要な3つのことを解説していきましょう!

自律的な生活を構築する

自分で考えて行動する

 

自分で考えるというのは健全な生活において非常に大事な事です

何故なら自分で考えて行動できるようになると、人生が面白くなるからです(`・ω・´)

働いている皆さまだって、

  1. 自分がやりたかった仕事をやる
  2. 誰かに決められた仕事をさせられる

この2つを比べたら、モチベーションが全然違いますよね?

ゲームですら、自分で選んで買ったゲームと、他人に選ばれてやらされるゲーム、どっちの方が楽しそうですか?

それが成功するか正しい事かはともかくとして、

自分で考えて自分で行動する、というのはそれだけで清々しい気分なのです。

気持ちにも余裕と自信があふれてきます。

私は人間はDNAレベルでこういう生き方をするべくして作られているのだとすら思っています。

是非とも自分で考えて行動するという、人として最も楽しい生活スタイルを確立してみてください!

きっとここから人生が変わっていきますよ!

自分に責任をもつ

 

自分で考えて行動できるようになれば、

今度は責任が伴います。

責任という言葉も印象はあまりよくありませんね(´・ω・`)

なんか失敗したらずけずけと人にそれを突かれて嫌になってしまいそうです(´・ω・`)

しかし一方で、責任を持つということは、他人に自分を決められていない証でもあります。

そう考えてみると、責任というものの印象も変わってきます。

責任と言うのは、貴方が自由であることを証明しているのです(`・ω・´)

逆を言えば、責任がない人と言うのは、実際は自由なんてないのです。

ペットの犬や猫に、謝罪と賠償を求める人なんていますか?

未成年の子供は親に居場所を決められ、それに従うしかありませんよね?

責任がないというのは、貴方の生活は誰かに決められているということです。

 

とはいえ、責任をもつというのは、大した話でもありません

そもそもまずどんな責任をもつかを選ぶのは、ほかならぬ貴方自身です。

だからこそ、上記でも「まずは自分で考えて行動すべし」と述べたわけでもあります。

どういったことに責任をもつかを考えて行動できるようになれば、自ずと少しづつ、

自由を獲得していくことができます。

貴方は自分で考えて行動し、自分の欲しい自由とその責任を選ぶだけで良いのです。

少なくとも、他人に自分を決められてしまう生活よりはよっぽど居心地は良いと保証できます。

 

また、責任は貴方に義務を課す一方で、貴方にそれをどうするか決める自由を与え、保証してくれます。

自由に文句を言っていいのは、その自由に責任を持っている人だけなのですから、何の責任も負っていない他人が人の自由に口出しをする資格はありません

これによって、無責任な批難ばかりするような人の言葉には、何の価値もないことが証明されますね。

つまり、赤の他人に文句を言われて傷つくことに怯える必要もなくなるのです。

責任は貴方を誹謗中傷からも守ってくれます(`・ω・´)

 

 

自分の居場所を見つける

 

自分で考え、行動し、責任をもった自由を得ることで、貴方はだんだん自分がどんな人間かが見えてきます。

意外かもしれませんが、人は言うほど自分のことを理解できていません。

っというか、自分がどんな人間かを簡単に把握できるなら誰もが天職を見つけられています。

誰もが自分の居場所に困ることなんてないでしょう。

 

人にはそれぞれ、居場所というものがあります。

居場所さえ満たされれば、なんだかんだで幸せになれるものなのです。

居場所と言うのは何も物理的な環境とは限りません、

仕事が楽しければ仕事が居場所になりますし、

趣味に費やしている時間そのものが、ある人には居場所になることだってあります。

人によっては、命の危険にさらされる危ないスポーツこそが居場所だという人だっています。

 

私達の人生は、そういった自分のための居場所を見つけ出し、その居場所を中心とした生活を築き上げることにあると言えます。

つまり私達は、それぞれ居場所を見つけて、そこに住むことがゴールだと言えるのです

しかしその居場所と言うのは何処にあるかは全くわかりません。

お金持ちになるのが居場所なのか、社会的地位を獲得して有名人になるのが居場所になるのか、はたまた秘境でひっそりと釣りでもして生きるのが居場所となるのか…

それは実際にやってみるまではまるっっっきりわかりません!

だからこそ、自分で考えて行動するフットワークと、責任によって裏打ちされた本当の自由が必要なのです。

自律的な生活を手に入れるのは、すべては自分の居場所を手に入れる為なのです

自我を得る

他人や常識に流されてはいけない

 

何も他人の言葉を疑えだとか、常識は18歳までの間に培われた偏見であるといったことを述べるわけではありません(´・ω・`)

ただ、それによって自分を見失ってはいけないということです。

もしも上記であげた居場所や、貴方に必要な考える力、行動するエネルギーを駄目にしてしまうような意見や常識があれば、耳を傾ける必要はないです。

逆に問いましょう、他人の方々は貴方の生活に責任をもっていますか?

貴方の居場所に責任をもっていますか?

もしそうならその人達の言葉は聞かざるを得ません。

しかし全く無関係の人の言葉なのであれば、蚊帳の外なのです。

 

考えてもみてください、

貴方の家に居候がいたとしまして、

その人は一銭もお金を払っていないのに「メシが不味い」だの「部屋が汚い」だのとケチをつけてきたら、

「自分は何もしてないのに文句を言う資格はない」とは思いませんか?

少なくとも、何もしてない人の言葉など、それと同じレベルに筋違いなのですよ。

そんな無責任な言葉を相手にするのは、自由と責任をもって行動をしている人に対して失礼です。

 

貴方が貴方の生活に責任をもっている限り、他人の言葉や常識をどう受け取るかは貴方の自由です。

貴方に課せられている責任が、その自由を保証しています

 

萎縮や思考停止からは何も得られない

 

他人の言葉によって自分の考える力や行動が萎縮したり、

はたまた何も考えられなくなって思考停止してしまうようであれば、

貴方は窮地に陥っています!

直ちにそのような状況から脱出してください!!

これはもはや、貴方の生活を搾取しているとも言えます。

マウンティングとも言われますが、二重の意味でマウンティングと言えましょう。

貴方よりも優位に立とうとすると同時に貴方から生活を決める力を奪い取っているのですから。

こうなってしまうと貴方は生活を決めるどうこうなんて考えていらなくなっているはずです。

 

そんなところで延々と時間と神経を奪われていくたびに、貴方の気力や責任能力はどんどん相手に吸い取られていきます

そして最期に残るのは、へとへとになって考える力すら奪われて干からびた貴方の思考能力だけでしょう。

その先にどんな未来が与えられているというのでしょうか?

今一度冷静になって、それが貴方に考える力と行動力、責任のある自由を与えてくれているのか、考え直してみてください。

自分とは関係のない情報とは縁を切る

 

この世の中はとにかく複雑でいろんな情報が交差していきます。

とくにこのインターネットが普及してからは、興味もないような情報すら私達の手元まで流れてきます。

SNSでの誹謗中傷や炎上だの、マスコミの印象操作記事だの、フェイクニュースだの…、

少なくとも実家でのんきに暮らしている私には、全然縁もゆかりも責任もない話ばかりです(´・ω・`)

そういった、自分には興味もない情報や、知ったから何?っというような情報には一々囚われないでください。

まずそんな情報、得たところでトリビアの泉に投げ捨てる価値も、林修先生の寝耳にぶち込む価値すらもありません。

はっきりと言って、貴方の生活を向上させることはないでしょう。

 

今の時代は情報過多となり、とにかくいろんな情報が目の前に並びます。

ドラゴンボールの悟空が「オラ腹減った~!」といった時にテーブル一杯にご飯が並べられているようなものですね。

サイヤ人ならともかく、我々のような普通の人間ではそんな量は一度には食べきれません。

情報もそれと同じで、我々が取り入れられる情報には限度があります。

 

なので、必然と有益な情報だけを選ぶ必要があります。

どれが有益なのかは、それこそ人それぞれの考えや行動によって変わっていきます。

だからこそ、自分の考えをもって行動をしている人しか、自分にとって有益な情報を得ることができません。

無益な情報に囚われず、有益な情報を照らし出せるようにするためには、

それこそ先ずは自分で考えて自分で行動できる力が必要になるのです。

自尊心と思いやりを養う

自分を肯定的に受け止められる

 

自分に課した責任とそれによって保証された自由が生活を向上させていけば、

必然と貴方の存在そのものも肯定的なものにしていきます。

何かをこなしたという自信や何かを背負っているという自負は貴方を強くしますし、

それを見ている周りの人も、貴方のことを理解し信頼していきます。

そしてそれが貴方の自尊心を養うことになるのです。

要するに良い事の連鎖反応ですね(^ω^)

 

そうして自分を肯定的に受け止められるようになると、

今度は次に何かするときも、より積極的で行動力のある状態からはじめられます。

これが延々と回っていくわけですから、

自分を肯定的に受け止められるようになるというのは、

自分の生活が成功するサインなのです。

 

もしも自分のことを肯定的に受け止められるようになってきたのであれば、

あっという間に人生が楽しい毎日になると思いますよ。

 

他人を理解できるようなる

 

自分を肯定的に捉えられる人は、他人に対しても同じ事ができます。

もしも貴方が真っ当な段階を経て自尊心をもった人間に成れれば、

他人の気持ちを汲み取り、理解するのは難しいことではないでしょう。

 

世の中には、人生のどん底を味わったことがないからこそ、そういった状況に置かれた人の気持ちがわからない人や、

真剣勝負をしたことがないからこそ、戦って負けたという断片的なことであざ笑う人がごまんといます。

人の気持ちがわからないというのは、相手の立場を想像できない未熟者の証なのです

 

過去に日大の悪質タックル事件がありましたが、

日本人でアメリカの大学のアメフト部のコーチを務めていた方は、

「威圧や脅しで選手をコントロールしようとするのは、自分にコミュニケーション能力がないと言っているようなもの」

(引用:https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/28/american-football-coach_a_23444448/ )

と評していました。

もちろん、世の中には相手の気持ちを知った上であえて苦しめる人もいますが、

正直、現代の日本でそういった確信犯的な存在は多くありません。

大抵の人は、相手に対して無知だから平気で罵詈雑言を並べられるのです。

 

貴方がもしも自尊心も満たし自分に自信のある人間へと成長できたのなら、

今度は他人を理解し他人に自尊心の築き方を教えてあげられる存在になってあげてください。

貴方が人を理解するとき、相手もきっとあなたを理解し信頼し、貴方の背中に憧れて成長していくことでしょう。

ニートだろうとみんなに愛されます

 

以上のような、健全なニート生活を送っていれば、必然と貴方の印象は良くなっていき、

愛されていくことでしょう。

 

はっきりと言って、ニートかどうかなんて実際はあんまし関係がないのですよ(´・ω・`)

ニートと聞いてその人の人格全てを否定するなんて人は、実際には多くありません。

ニートであろうと筋を通し、責任と自由をもって行動をしていれば、むしろ真っ当な人間なのです。

 

ニートの皆さまは、是非とも健全なニート生活を確立し、

差別や偏見に騙されないで、

ちゃんとした生活を取り入れてもらえれば幸いです。

 

ご愛読いただき、誠にありがとうございました。(*’ω’*)

もしよろしければ、当ブログの別の記事もお楽しみくださいませ☆

 

 

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