プロフィール

この記事を読むのに必要な時間は約 5 分です。

朝7時に家を出て電車で片道1時間の毎日…
俺には耐えられない。
名前 ジョン
職業 ニート
年齢 31歳
性別 男性
特技 コンピュータゲーム, Youtube観賞, 読書, お昼寝

めんどくさがり屋な性格で単純な繰り返し作業や肉体労働というものに嫌悪感を抱いています

漠然と苦しい思いを我慢してまで生活することを美徳とは思わず、努力とは、理想的な生活を築き上げるべく使われるものだと考えています。

当ブログは、そんな私のような生き方を本心では望んでいる人たちへの指標として記載することにしています。

当ブログの目的

Q:このブログの目的はなんですか?

肯定的なニート生活の普及とともに、金銭的不自由を解決させるノウハウを身に着けてもらう事です。

また、ニート本人だけでなく、ニートを家族に抱えている方にとっても、ニートを改善する方法を提供できたらなと考えています。

 

Q:何故このブログを始めたのですか?

自分自身がニートであり、誰かにこの状況を助けてもらいたかったからです。

しかし自分のことを助けてくれる人は誰一人いませんでした。親とて、魚を与えてくれますが魚の釣り方は教えられません。

だから、自分で勉強して自分で脱却しつつ、自分のように困っている人を救えたらなと思い、当ブログをはじめました。

 

Q:どのような生活を望んでいますか?

はっきりと言って在宅ワーク以外に興味はありません

決められた時間に決められた仕事を定年まで延々と繰り返すなんて無理!!!!

厳密に言えば、在宅ワークというより場所や時間に縛られない仕事を所望しています

家で昼間はニート生活、夜はお仕事、なんて生き方や、海外旅行しつつお仕事、そんな生活を夢見ています。

Q:ニートの同志達に何か

悲観せず、優雅で柔軟に生きましょう。

昭和~平成初期の古い考えのみに囚われず、常に最新の処世術を見つけ出していけば、人生はそんなに難しくはないはずです。

あと、ご飯を与えて居場所をくれる親に感謝していれば、きっと良い事がありますよ。

当ブログのポリシー

 

当ブログでは、

  1. ニート生活
  2. 娯楽
  3. お金稼ぎ

この3つについてのカテゴリーを充実させることを目的としています。

当サイトの一番上の部分にあるメニュー一覧からも、これらで括ったカテゴリーの記事に簡単にアクセスできるようにもしました。

ニート生活のカテゴリーについて

 

基本的にはニートとして生きることについて考えていきます。

日常的な生活についてや、ニートという立場について等々、ニートという身分を網羅しつつニートの皆さんの生活の向上につながる記事をこちらにまとめています。

なお、ニート生活における目標につきましては、

  • 自分で考えて決定できる自律的な生活が構築されている。
  • 他人の価値観や常識に流されない自己決定能力のある自我。
  • ネガティブにならず自尊心と思いやりをもった健全な人格。

とさせていただきます。

この3点についての詳しい解説は下記の記事にてどうぞ⇩

娯楽について

 

ニートの皆さんが楽しめそうなことをまとめたカテゴリーです。

主に私が皆さんに進めたいと思うパソコンゲームの話になりますが、

ニートの方でも自分と他人が楽しめるコンテンツも盛り込んでいきます。

お金稼ぎについて

 

ニート生活を保証しつつお金稼ぎができる方法について紹介していきます。

いわゆる、ネオニートに成ることを目標とした記事です。

皆さんの自由気ままなニート生活を応援しつつ、金銭面での不安を排除できれば幸いです。

経歴

 

生い立ち

 

1988年:米国海軍所属の金髪碧眼父親と日本人の母親との間にて生を受ける。出身地は東京都の郊外、町田市。

1992年:この時はフロリダ州にいた。物心がついたときは完全なアメリカ人。日常的に英語を使い、最初にできた友達も黒人で、何故か中国籍のアジア人とよくケンカをしていた。理由はそいつの家の中が線香臭かったことと、何故かそいつは男なのに女みたいなロン毛だったから。

1994年:父親の仕事の都合で日本へ。英語しか喋れない中、突然小学校にぶち込まれたが、1年もせずに日常会話を習得し友達もできた。なお英語は忘れた模様。

1998年:自分の友達をよく在日米軍基地のハロウィンパーティに誘っていたのだが、口コミでそれがクラスの話題となり、親が主催して在日米軍基地のハロウィンパーティにクラスメイトみんなを招待する。なんと30名以上も募集がかかり、泣く泣く何人かが辞退しなきゃいけないような学校内での大イベントとなった。

2000年:父親の仕事の都合で再びアメリカへ。今度はハワイへ。気候の良さと観光名所の多さがあり最初は友達と会えなくなった悲しさもありつつもなんとか楽しめた。

2001年:9.11の同時多発テロ事件が発生。日本に住んでた時の癖で徒歩で帰っていたが、それ以降徒歩で帰ろうとするとM16アサルトライフルをもったアメリカ軍に呼び止められるようになった。怖かったのでスクールバスで登下校することになったが、ムカつくのでよくクォーター(25セント)のフリしてニッケル(5セント)をぶち込んでいた。

2004年:父親の退職と日本の祖父が急死したため日本へ帰国、そのまま学校も日本へと戻る。幼稚園から高校までの間、卒業する度に国が変わっていたので文化も学力も滅茶苦茶、日本の授業にとてもついていけず、また英語力も中途半端だった為他の帰国子女には全く太刀打ちできず、Fラン大学ならぬ地元のFラン高校しか入学ができなかった。

っていうか12月に帰国して葬式上げてる間もなく受験対策とか、無理あんだろ!!!受験なめんじゃねぇぞ!!

2007年:高校卒業後、早稲田や慶応、都内の国立以外の大学はクズのたまり場だという意味のわからないエリート意識の下、浪人生活開始。しかし実態はただの引きこもり生活だった。

2009年:親に泣きつかれ、そして自分もエリート大学への道を諦め2年の引きこもり生活を終えて東海大学へ入学。ぶっちゃけ英語力だけで無理やり入学したような状態だったので実質Fラン大学生。

2010年:当初はキャンパスライフをエンジョイしようと色々と触れてみたものの、友達付き合いもサークルも学業も何もかも駄目で、大学に通う意義を見失う。それ以降、惰性で通っているだけで何一つ努力もしなかった。

2011年:2年生の秋セメの段階で留年が確定する。これ以降からさらに友達付き合いも減り、実質孤独になる。

2012年:未だに必修科目をやっている馬鹿。自分よりも5つも年齢の低い1年生と同じ授業をしている馬鹿がそこにいた。

2013年:昔の友達は卒業間近になり就活、早い奴は卒論も終わり残りのキャンパスライフを過ごしている一方、さらに留年が確定する。 もうここら辺から自暴自棄になって卒業に関係ない授業などを暇つぶしでとっては飽きたら履修登録したまま通わないといういい加減な授業態度を取りはじめる。

2014年:卒業研究でチームになる予定だった奴が留年し、単独で卒業研究をこなす羽目に。なお当初は余裕ぶっこいて艦これなんかをしながらゼミを受けていたが、それすらも面倒になりゼミにすら来なくなる。

2015年:実に1年半もかけて卒業、おそらく大学生活でもっとも必死こいた3ヶ月であり、未だにトラウマで夢に出てきては寝ぼけ「卒論書かなきゃ…!!!」などと発狂することも。たかがEラン大学の卒論程度で…。 しかし本当の問題は、大学を卒業しても進路は何一つ決まっていなかったことだった。

2016年:適当なバイトをしては3ヶ月を目安に退職を繰り返す。後々に2年ほど続くバイトをして優雅な2年を過ごすが、IT会社に入社する為に退職することになる。

2017年:入社すること前提になっていたIT会社を土壇場で辞退。理由は自分みたいな低スぺがIT会社にいることが惨めになったから。

2018年:以降、バイトもせずニート生活を送り、今に至る。ウェンツ瑛士のように欧米人の血が流れるハーフという絶好のポテンシャルを持ちながら30歳まで童貞を貫き、無事魔法使いになる。 因みにホモではない。

職務経歴

バイト経歴

地元のマクドナルド 1日目の研修でバックレ。無断欠勤を繰り返し1円も稼がずクビ
日雇いの労働 汗臭いし周りは感じ悪いしコミュニケーションないしで即辞める
ハガキの編集 3ヶ月の短期契約だったが1か月もしない内に萎える。
駐車場の事務 もっとも続いたバイト。内容も楽で緩く、楽しくお金を稼げてた。
IT会社の入社前の研修 バイトという名目で研修をしていた。入社前提だったが直前で電撃退職

以上。

まともな職務経歴は一切なし!